1791年から続く革新の歴史。【ジラール・ぺルゴ】の歩み
皆様こんにちは!
いつもoomiya京都店のブログをご覧いただき誠ありがとうございます。
朝と夜は寒くて、昼は暑い、服装が困る季節ですよね。
でも私は1年の中で1番好きな季節が今です!
皆様はどの季節が1番お好きですか?
さて、本日は時計のご紹介ではなく、スイスの高級時計ブランド「ジラール・ペルゴ」の歴史についてご紹介いたします。
【ジラール・ペルゴ】がいつ誕生したブランドなのかご存知でしょうか?
ジラール・ぺルゴは他のブランドのように初めから「ジラール・ぺルゴ」というブランド名ではなかったんです。
どのように誕生して、なぜ「ジラール・ぺルゴ」になったのか、GPファンなら既に知っているかもしれませんが、ぜひ最後までお付き合いください!
200年以上の歴史

1791年 ジャン=フランソワ・ボットが時計工房を設立
ジラール・ペルゴの歴史を語るうえで、まず知っておきたい人物が「ジャン=フランソワ・ボット」です。
彼は12歳で時計職人への修業を始め、時計製造だけでなく、彫金や宝飾、金細工など幅広い技術を身につけました。そして1791年、スイスのジュネーブに自身の会社を設立します。
当時として画期的だったのは、時計づくりに関わるさまざまな職人の技術をひとつの場所に集約したこと。時計の製造から仕上げまでを一貫して手掛ける体制を築きました。
さらに、薄型時計や花、蝶をモチーフにした時計など、技術力と芸術性を兼ね備えた作品も生み出します。
時計としての精度を追求するだけでなく、見た目の美しさにもこだわる。
このような時計づくりへの姿勢は、後のジラール・ペルゴにもつながっていきます。
1852年 コンスタン・ジラールが会社を設立
ボットが築いた時計製造の歴史とは別に、新たな時計ブランドの物語も動き始めます。
彼は時計の精度を追求するだけでなく、ムーブメントの構造そのものに美しさを見いだした人物です。この時代に培われた技術と発想が、後にジラール・ペルゴを象徴する時計へとつながっていきます。

1854年 コンスタン・ジラールとマリー・ペルゴの結婚
マリーは時計商の家系に生まれ、時計業界とのつながりを持つ人物でした。
時計製造の技術を追求するコンスタンと、時計商としての背景を持つマリー。ふたりの結びつきは、ブランドの発展に大きな意味を持つことになります。
1856年、コンスタン・ジラールとマリー・ペルゴの姓を組み合わせた「ジラール・ペルゴ」の名を冠するマニュファクチュールが誕生
マニュファクチュールとは、ムーブメントの設計や製造など、時計づくりの主要な工程を自社で手掛ける時計メーカーのことです。
こうして、現在へと続くジラール・ペルゴのブランドの礎が築かれました。
1860年 フランソワ・ペルゴが日本へ
ジラール・ペルゴの歴史には、日本との深いつながりもあります。
その中心人物が、マリー・ペルゴの兄弟であるフランソワ・ペルゴです。彼は1860年に日本へ渡り、横浜を拠点としてスイス時計の普及に携わりました。当時の日本は、西洋との交流が大きく変化していた時代です。現在のように時計が身近な存在ではなく、時間の捉え方や時計の使い方にも文化の違いがありました。
そのような時代に、遠く離れたスイスから日本へ渡り、西洋時計を紹介したフランソワ・ペルゴ。彼の歩みを知ると、ジラール・ペルゴはスイスの伝統ある時計ブランドというだけでなく、日本の時計文化とも関わりを持つブランドであることがわかります。
1867年 「スリー・ブリッジ」の革新
ジラール・ペルゴの歴史を語るうえで、欠かせない存在が「スリー・ブリッジ」です。
コンスタン・ジラールは、時計の内部機構を単なる機能部品として扱うのではなく、その構造自体を美しく見せることに挑戦しました。そこで生まれたのが、3本のブリッジを平行に配置した独創的なムーブメントです。
1867年、この構造を採用したトゥールビヨン懐中時計が、ヌーシャテル天文台やパリ万国博覧会で発表されました。精度を追求する技術と、機械の構造を美しく見せるデザイン。その両方を大切にする姿勢は、ジラール・ペルゴならではの個性を形づくっていきます。

1889年 パリ万国博覧会で金賞を受賞
そして1889年、ジラール・ペルゴの技術力を世界に示す大きな出来事が起こります。
「スリー・ゴールド・ブリッジ」を備えたトゥールビヨン懐中時計が、パリ万国博覧会で金賞を受賞しました。
3本のブリッジがムーブメントの構造を美しく見せるこの時計は、機能とデザインを融合させた象徴的な作品です。時計の内部は、普段は目にする機会が少ない部分。しかし、ジラール・ペルゴはその内部機構にも芸術的な価値を見いだしました。単に時刻を正確に示すだけではなく、時計そのものを鑑賞する楽しみへと広げたのです。
1906年 ジャン=フランソワ・ボットの会社を統合
ここで、1791年から続く歴史とジラール・ペルゴの物語が、再びひとつにつながります。
1906年、コンスタン・ジラール=ガレの時代に、ジャン=フランソワ・ボットが築いた時計製造会社が買収され、ジラール・ペルゴへと統合されました。
1791年に始まったボットの時計づくりと、1856年に誕生したジラール・ペルゴ。
異なる時代に築かれたふたつの歴史がひとつになり、ブランドはさらに豊かな伝統を受け継ぐこととなります。
ジラール・ペルゴの起源が1791年に遡るとされるのも、この長い時計製造の歴史があるからなのです。

1966年 高振動ムーブメント「ジャイロマティック HF」
長い歴史を持つジラール・ペルゴですが、伝統を守るだけでなく、技術革新にも力を注いできました。
その代表例のひとつが、高振動ムーブメント「ジャイロマティック HF」です。毎時36,000振動という高振動を実現し、1966年にはヌーシャテル天文台の100周年記念賞を受賞しました。時計の精度を高めるために、ムーブメントの性能を追求する。その姿勢は、創業以来続くブランドの精神を感じさせます。
1975年 「ロレアート」が誕生
そして1975年、ジラール・ペルゴを代表するコレクションのひとつ「ロレアート」が誕生します。
特徴的なのは、八角形のベゼルと、ケースからブレスレットへとつながる一体感のあるデザインです。伝統的な時計製造の技術を大切にしながら、時代に合ったデザインを追求する。ロレアートは、ジラール・ペルゴが培ってきた技術と独自の美学を、現代的なスタイルで表現したコレクションといえるでしょう。
1791年から現在へ。受け継がれる時計づくりの精神
ここまで、ジラール・ペルゴの歴史を時系列で振り返ってきました。
歴史本 お渡ししています!
1791年にジャン=フランソワ・ボットが築いた時計製造の伝統。
1856年に誕生したジラール・ペルゴ。
そして、1906年にふたつの歴史が統合されたことで、現在へと続く豊かな伝統が形づくられました。
その歩みの中で一貫しているのは、時計の精度を追求する技術力と、機械の構造にまで美しさを求める姿勢です。
200年以上の歴史は、単に古いということだけを意味するのではありません。時代ごとの挑戦や革新が積み重なり、今の時計づくりへとつながっているのです。
時計を選ぶ際には、デザインや機能、素材などに目が向きがちですが、その一本がどのような歴史や思想から生まれたのかを知ることで、時計を見る楽しみはさらに広がります。

そんな歴史が書かれている冊子をお配りしています!
ご興味のある方はぜひ店頭スタッフまでお問い合わせください。
また店頭でジラール・ペルゴの時計をご覧いただく際には、長い歴史の中で培われてきた技術や、細部に込められた美しさにも注目してみてください。
皆様のご来店を心よりお待ちしております。


