「人は時計との出会い方で変わる」時計販売員が自分の5年間を振り返って思うこと「前編」
皆様こんにちは。
いつもoomiya京都店のブログをご覧いただき、誠にありがとうございます。
本日は、時計の販売員5年目を走っているoomiya京都店の西川がこの5年を振り返って思うことを思い出とともに振り返ってみようと思います。
本当にこの5年間で多くのお客様やスタッフ、各ブランドの方々などに出会い、想像もしていなかったくらい変化のあった人生の5年間をご紹介いたします。
時計に接点のない24年間
皆さんは、腕時計に「機械式」というジャンルがあることを、いつ頃知りましたか?
時計好きの方であれば、当たり前のように感じるかもしれません。しかし、世の中には「時計は時間を確認するためのもの」という認識で、機械式時計の存在を詳しく知らない方もたくさんいらっしゃると思います。
実際に店頭で販売員をしていると、ここ京都では大学生や社会人1年目といった、若いお客様にも多くご来店いただきます。
そんな方々とお話ししていると、ふと思うことがあります。
「自分も、この世界を知らなかったら、きっと同じだったんだろうな」と。


僕がこのoomiyaに入社したのは、24歳のときでした。
当時は新型コロナウイルスの影響も少しずつ落ち着き始め、世の中が以前の日常を取り戻しつつあった頃。特別な趣味に没頭するわけでもなく、どこにでもいる普通の会社員として、なんとなく毎日を過ごしていました。
出身は京都府南部。
当時の僕にとって、時計屋さんといえば、町にある昔ながらの時計店か、商業施設に入っている比較的手頃な価格帯の時計を扱うお店くらいしか思い浮かびませんでした。
今でも実家に帰る途中、すれ違う人たちの腕元を何気なく見ていると、時計を着けていない方が多いことに気づきます。あくまで僕の体感ですが、7割以上の方は腕時計を着けておらず、残りの方もスマートウォッチが中心という印象です。
もちろん、地域や年代によって違いはあると思います。
ただ、少なくとも僕が育ってきた環境では、腕時計そのものが生活に欠かせない存在だったわけではありませんでした。
ましてや「機械式時計」なんて、縁もゆかりもない世界です。


当時はG-SHOCKの2万円という価格でさえ「時計に2万円か……高いな」と感じていました。
それ以上の価格帯の時計が存在することは知っていても、なぜそこまで高いのか、どんな魅力があるのかなんて、想像すらしていませんでした。
そんな僕が、当時知っていた時計ブランドといえば、G-SHOCKと【ウブロ】くらいです。
なぜウブロを知っていたのか。
実は僕、小学生の頃からサッカーをしていて、イタリアの名門クラブ「ユヴェントス」の大ファンなんです。
当時、ウブロとユヴェントスがコラボレーションした時計を見かけたことがありました。価格は70万円ほどだったと記憶しています。
その金額を見た僕は、心の底からこう思いました。
「いやいや、円とユーロの換算を間違えているんじゃないの?」
それくらい、僕にとって70万円の時計は現実離れした存在だったのです。
……今思えば、当時の自分に時計の魅力を語っても、なかなか理解してもらえなかったでしょうね(笑)。
それほどまでに、当時の僕と高級時計の世界には大きな隔たりがありました。


もし、この仕事に就いていなかったら。
機械式時計の面白さも、ブランドごとに異なる歴史や哲学も、一本の時計に込められた技術やこだわりも、きっと知ることのないまま人生を過ごしていたと思います。
もしかすると、一生交わることのない世界だったのかもしれません。
そして、これは僕だけの話ではないと思っています。
知らないから興味を持たない。
興味がないから調べない。
調べないから、その魅力に気づく機会もない。
そんな経験は、誰にでもあるのではないでしょうか。
機械式時計に興味がないのではなく、そもそも興味を持つきっかけがなかった。
僕は、そういう方もたくさんいらっしゃるのではないかと思っています。
だからこそ今回は、少し前まで時計の世界をほとんど知らなかった僕自身の経験も交えながら、機械式時計についてお話ししていきたいと思います。
かつての僕と同じように、時計は時間を確認するための道具だと思っている方にこそ、ぜひ読んでいただきたい内容です。
ブライダル?ブライトリング?初めて機械式時計に触れた日
当時の僕は、まだ若かったこともあってか、少し背伸びをしたい気持ちもありました。
そんな僕が初めて機械式時計に触れたのは、面接前に履歴書を持ってお店へ伺ったときだったと思います。
その際、oomiya京都店と、そこから二つ隣にあるブライトリング ブティック 京都を案内していただきました。

正直なところ、当時の僕にとって「ブライトリング」というブランドは、まったく知らない世界の話。名前すら知らなかった、まさに雲の上の存在でした。
そんな中、「ブライトリングも紹介するわ!」と言っていただいたとき、僕は二つ返事で「ありがとうございます!」と答えました。
……ただ、そのときの僕の頭の中はというと、
「時計屋さんって、ジュエリーも扱っているんだな」
でした(笑)。
今思えば、なかなかの勘違いです。
そして、いざブライトリング ブティック 京都に入ってみると、びっくり。
指輪なんて、ひとつも置いていないんです。
さらに、時計に付いている価格を見て、もう一度びっくり。
「え、これって下3桁は小数点以下の数字じゃないの?」
本気でそう思ってしまうほど、僕にとっては衝撃的な価格でした。
そこから先の記憶は、正直あまりありません(笑)。
気がつけば2階に案内されていて、気がつけば見学も終わっていました。
今振り返っても、あの日の衝撃はなかなかのものです。世間知らずの若造には、少し刺激が強すぎたのかもしれません。

ただ、人生って不思議なものですね。
そのときは、まさか自分が2年ほど後にブライトリング ブティック 京都のスタッフとして働くことになるなんて、夢にも思っていませんでした。
あの日、何も知らずに足を踏み入れた場所が、後に自分の働く場所になる。
当時の僕にこのことを伝えても、きっと信じてもらえないでしょうね。
入社から最初の2か月
当時の僕は、正直なところ、「モノを売る」ということを少し簡単に考えていました。
前職では、セールスマンとして自分でも胸を張れるくらいの数字を残していました。もちろん、運や環境に恵まれた部分もあったと思いますが、当時の自分なりに結果を出していたという自負はありました。
また、学生時代から暗記科目と呼ばれる分野は比較的得意で、知識を身につけること自体も苦ではありませんでした。
新しいことを覚えるのも、それほど苦労するタイプではなく、努力して詰め込むというより、自然と頭に入ってくる感覚に近かったと思います。
そして、時計業界に入ってからも、その感覚は変わりませんでした。
ブランドの歴史や時計のスペック、ムーブメントの特徴など、覚えること自体は楽しかったですし、吸収した知識は今でも自分の接客を支える大切な土台になっています。
ただ、ひとつだけ、思いどおりにならないことがありました。
それだけ勉強しても、時計が1本も売れなかったのです。

当時は、ちょうどコロナ禍が明け、消費行動も活発になり始めていた時期でした。
時計をお求めになるお客様も多く、年間で複数本をご購入される方も珍しくありませんでした。
入社したばかりの僕からすると、驚くような光景の連続です。
「あれ? またあの人買ってる……」
なんて、新人ながらに少し引いてしまうこともありました(笑)。
今思えば、それだけ時計に魅力を感じ、購入する楽しさを知っているお客様がたくさんいらっしゃったということです。
しかし、そんな恵まれた環境にいながら、僕自身はなかなか結果を出せませんでした。
知識は増えていく。商品の魅力も少しずつ理解できるようになる。
それなのに、目の前のお客様に時計をお求めいただくことができない。
前職では結果を残せていたからこそ、余計にもどかしかったのかもしれません。
そんな中、追い打ちをかけるように、人生で初めて新型コロナウイルスに感染しました。
1週間ほど仕事を休むことになり、思うように働けない時間が続きました。
体調のこともありましたが、仕事に戻ったところで自分に何ができるのだろう。そんなことを考えているうちに、気持ちまで少しずつ後ろ向きになっていきました。

焦っても仕方がない。今は我慢するしかない。
そう自分に言い聞かせながら、なかなか結果の出ない時期を過ごしていました。
ところが、そんな僕にも転機が訪れます。
ある一本の時計との出会いが、止まっていた僕の営業に少しずつ変化をもたらしてくれたのです。
今振り返ると、あの一本との出会いは、単に時計が売れたというだけの出来事ではありませんでした。
モノを売るということの難しさ、そして時計を販売する仕事の本当の面白さを知る、ひとつのきっかけだったのだと思います。
【グランドセイコー】人生を変える衝撃。白樺モデルの存在。
少し大袈裟に聞こえるかもしれません。
しかし、人生には「出会えてよかった」と心から思える時計との出会いが、一度や二度は訪れるものだと思っています。
たった一本の時計について、5時間でも語り続けられる。
そんな時計に出会ったとき、僕の中で何かが大きく変わりました。
それまでバラバラだった知識が、一本の時計を通してつながっていく。機械式時計の奥深さや、ひとつの製品に込められたストーリーの多さに初めて気づいた瞬間でした。
まさに、点と点がつながり、一本の線になったような感覚です。

そのきっかけとなった時計が、グランドセイコーの「白樺」でした。
それまでの僕にとって、時計とは完成した状態で目の前にある「時計」そのものでした。
何を言っているのだろう? と思われるかもしれません(笑)。
もちろん、それまでも時計の精度やデザイン、色や形、そしてお客様に似合うかどうかといったことは、接客の中でお話ししていました。
どんなデザインなのか。
どのような機能があるのか。
腕に着けたとき、どんな印象になるのか。
そうした目に見える魅力や、実際に使ううえでの特徴をお伝えすることが、時計を販売することだと思っていたのです。


しかし、白樺との出会いをきっかけに、僕の興味は時計の表面だけではなく、その奥にあるものへと向かっていきました。
なぜ、このデザインになったのか。
なぜ、この素材が選ばれたのか。
なぜ、このムーブメントが生まれたのか。
そして、時計を構成するネジ一本にまで、その背景や意味があるのではないか。
そんなことを知りたくて、夢中になって調べるようになりました。
時計そのものを見るだけではなく、時計が生まれるまでの物語を知る。
すると、それまで何気なく見ていた部品やデザインにも、少しずつ違った意味が見えてくるようになったのです。

例えるなら、食材の産地や生産者にまでこだわるレストランに近いかもしれません。
目の前に運ばれてきた料理がおいしい。それだけでも、十分に価値はあります。
しかし、使われている食材がどこで育ち、誰がどのような思いでつくり、なぜその調理法が選ばれたのかを知ると、同じ一皿でも感じ方が変わるのではないでしょうか。
時計も、それとよく似ています。
完成した時計の美しさや精度だけではなく、そこに至るまでの技術者のこだわり、素材への探究心、長い年月をかけて培われた技術や歴史。
そうした背景を知ることで、目の前にある一本の時計が、単なる時間を知るための道具ではなくなっていきます。
そして僕は、そこに高級時計と呼ばれるものの魅力を見つけました。

高級である理由は、価格や見た目だけでは語りきれない。
その時計が生まれるまでに、どれほどの技術や工夫が積み重ねられているのか。どんな課題を乗り越え、どのような思想が形になっているのか。
その背景を知るほどに、時計を見る目が変わっていきました。
そして何より、時計について語ることが楽しくなったのです。
以前は、時計の魅力を説明するために知識を覚えていました。
しかし、白樺と出会ってからは、知りたいから調べる。面白いから、もっと知りたくなる。
そんなふうに、時計との向き合い方そのものが変わっていきました。
あの一本との出会いがなければ、今の僕は、時計をここまで奥深いものとして捉えていなかったかもしれません。
後編に続く
この仕事をしていると、ほとんどの方から聞かれる質問があります。
「もともと時計が好きで、この仕事を始めたんですか?」
ここまで読んでくださった皆さんなら、もうお分かりですよね。
答えは、NOです。

もともと時計が好きだったわけでも、機械式時計に詳しかったわけでもありません。むしろ、時計に何百万円もの価値があることすら、なかなか理解できなかった人間です(笑)。
だからこそ、今では誰にも負けないくらい時計にハマった人間だと思っています。
知らなかったからこそ、一つひとつの発見が面白い。
知れば知るほど、もっと深く知りたくなる。
そんな経験を重ねるうちに、時計は僕にとって、単なる仕事道具ではなく、追いかけても追いかけても新しい発見がある、奥深い世界になっていきました。
……とはいえ、時計の世界はそう簡単ではありません。


一つの壁を乗り越えたと思えば、また新しい壁が現れる。
知識を身につければ身につけるほど、今度は知識だけでは説明できない魅力に気づかされるのです。
そして、そんな僕に次の変化をもたらす出来事が訪れます。
後編では、「理屈派」だった僕が、少しずつ「感覚派」へと変化していったきっかけについてお話しします。
時計の魅力は、知識を知ることだけでは終わりません。
その先にある世界を、ぜひ後編でも楽しんでいただけたらと思います!


