【ユリス・ナルダン】海から始まり、革新を続けるマニュファクチュール

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【ユリス・ナルダン】と聞くと、皆さまはどんな時計を思い浮かべるでしょうか?
針も文字盤ももたない「フリーク」や、現代的で大胆なデザインの「ブラスト」など、少し個性的な時計をイメージされる方も多いかもしれません。
しかし、その歴史を遡ってみると、ユリス・ナルダンの原点は“海”と“高精度な時計作り”にあります。
今回は、1846年の創業から現在まで続くユリス・ナルダンの歴史をご紹介いたします。

1846年、【ユリス・ナルダン】創業

【ユリス・ナルダン】の歴史は、1846年、スイスのル・ロックルから始まります。
創業者は、ブランド名にもなっているユリス・ナルダン
時計職人であった父レオナール・フレデリック・ナルダンや、ウイリアム・デュボアのもとで時計製造を学び、わずか23歳で自身の会社を立ち上げました。

当時、ユリス・ナルダンが情熱を注いでいたのが、時計を極めて正確に測るクロノメトリーです。
そして、ここからブランドの歴史を語るうえで欠かせない「海」との関係が始まります。

【ユリス・ナルダン】海から始まり、革新を続けるマニュファクチュール - ULYSSE NARDIN
創業者 ユリス・ナルダン

船乗りたちを支えた「マリンクロノメーター」

19世紀は航海が盛んになった時代。
長期間にわたって海を航行する船にとって、正確な時刻を知ることは非常に重要でした。
そこで【ユリス・ナルダン】が力を入れたのが、船舶用の高精度時計「マリンクロノメーター」です。

1862年にはロンドン万国博覧会で金賞を受賞。
その後も数々の実績を残し、資料によれば【ユリス・ナルダン】のマリンクロノメーターは世界55カ国に提供されました。
現在の「マリーン」コレクションにも、このマリンクロノメーターの歴史が受け継がれています。

1983年、ブランド復活と大きな転換点

長い歴史を持つ【ユリス・ナルダン】ですが、順風満帆だったわけではありません。
クォーツショックなどの影響を受け、ブランドは存続の危機を迎えます。
その転換点となったのが1983年。
実業家のロルフ・シュナイダーがユリス・ナルダンを買収し、再建へと動き出します。
さらに、天才時計師として知られるルートヴィヒ・エクスリンを迎え、ユリス・ナルダンは複雑時計の世界へ進んでいきます。

「アストロラビウム・ガリレオ・ガリレイ」「プラネタリウム・コペルニクス」「テリリウム・ヨハネス・ケプラー」。
いわゆる“天文三部作”を発表し、ユリス・ナルダンは再び時計界で強烈な存在感を放つことになります。

【ユリス・ナルダン】海から始まり、革新を続けるマニュファクチュール - ULYSSE NARDIN
左:ロルフ・シュナイダー  右:ルートヴィヒ・エクスリン
【ユリス・ナルダン】海から始まり、革新を続けるマニュファクチュール - ULYSSE NARDIN
アストロラビウム ガリレオ ガリレイ(天文三部作)

そして誕生した「フリーク」

【ユリス・ナルダン】の歴史を語るうえで外すことのできない時計が登場します。
それが「フリーク」です。
一般的な時計にある「針」や「文字盤」という概念を取り払い、ムーブメント自体が回転しながら時刻を表示するという、当時としては極めて斬新な構造を採用しました。

さらに【ユリス・ナルダン】は、時計業界におけるシリコン技術のパイオニアとしても知られています。
2006年にはシリコン部品の開発・製造を手掛けるシガテックを設立。
伝統を守るだけではなく、新しい素材や技術を積極的に取り入れていく姿勢は、現在の【ユリス・ナルダン】にも繋がっています。

約180年経っても変わらない「挑戦する姿勢」

1846年に高精度な時計作りから始まり、マリンクロノメーター、複雑時計、そしてフリークへ。
こうして歴史を振り返ると、【ユリス・ナルダン】は単に「個性的な時計を作っているブランド」ではないことが分かります。
その時代に必要とされる精度を追求し、既存の時計作りにとらわれず、新しい技術に挑戦してきたブランド。
現在の【ユリス・ナルダン】の大胆なデザインや独創的な機構も、突然生まれたものではありません。
約180年にわたって受け継がれてきた“挑戦する精神”の延長線上にあるのです。

ぜひ店頭でも、ユリス・ナルダンの時計を手に取りながら、その長い歴史と独創性を感じてみてください。

投稿者:原